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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4628号 判決

原告

株式会社オー・エー・トレーディング

右代表者代表取締役

奥野昭彦

右訴訟代理人弁護士

花房太郎

被告

小岩信用金庫

右代表者代表理事

石橋金蔵

右訴訟代理人弁護士

海法幸平

右補助参加人

株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役

羽倉信也

右訴訟代理人弁護士

栗原幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用(訴訟参加によつて生じた分を含む。)は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五二三万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和六〇年二月一八日、東京地方裁判所に対し、有限会社国福美術印刷所(以下「国福印刷所」という。)に対する東京法務局所属公証人佐藤忠雄作成昭和六〇年第二三号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づき、国福印刷所が第三債務者たる被告に対して有する後記差押債権目録記載の債権(以下「本件差押債権(目録)」という。)の差押え及び転付命令の申立てをし(同年(ル)第七二九号、同年(ヲ)第三六三八号)、同裁判所は同月二六日右申立てに基づいて債権差押え及び転付命令(以下「本件差押転付命令」という。)を発し、同命令は同年三月二日債務者(国福印刷所)に、同年二月二八日第三債務者(被告)に、各送達され、確定した。

(差押債権目録)

(一) 二七三万四〇〇〇円

ただし、国福印刷所が次の約束手形一通の不渡処分を免れるため、社団法人東京銀行協会に提供される目的で被告に預託した異議申立預託金(以下「預託金」という。)の返還請求権

(1) 額面 二七三万四〇〇〇円

(2) 支払期日 昭和五九年一二月五日

(3) 支払地及び振出地 東京都江戸川区

(4) 支払場所 被告南支店

(5) 振出日 昭和五九年七月一〇日

(6) 振出人 国福印刷所

(7) 受取人兼第一裏書人 斎藤梱包株式会社

(8) 被裏書人兼所持人 原 告

(二) 二五〇万円

ただし書き以下は、次の各手形要件を除いて(一)に同じ。

(1) 額面 二五〇万円

(2) 支払期日 昭和六〇年一月一〇日

(5) 振出日 昭和五九年七月三一日

2  よつて、原告は被告に対し、本件差押債権五二三万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1のうち、本件差押転付命令の正本が昭和六〇年二月二八日被告あてに送達されたことは認めるが、その余は不知。

三  被告の主張

1  被告は国福印刷所から本件差押債権目録記載の各預託金の預託を受けた事実はなく、本件差押債権は実在しないから、本件差押転付命令は無効である。

2  もつとも、本件差押転付命令正本送達当時国福印刷所の被告に対する債権として、後記債権目録記載の債権(以下、一括して「本件預託金債権」といい、特に区別する必要がある場合は「本件預託金債権(一)」のようにいう。)は存在した。

(債権目録)

(一) 二七三万四〇〇〇円

ただし、国福印刷所が次の約束手形一通の不渡処分を免れるため、社団法人東京銀行協会に提供させる目的で被告に預託した預託金の返還請求権

(1) 額面 二七三万四〇〇〇円

(2) 支払期日 昭和五九年一二月五日

(3) 支払地及び振出地 東京都江戸川区

(4) 支払場所 被告南支店

(5) 振出日 昭和五九年七月一〇日

(6) 振出人 国福印刷所

(7) 受取人兼第一裏書人 斎藤梱包株式会社

(8) 被裏書人兼所持人 株式会社第一勧業銀行(以下「補助参加人」という。)

(二) 二五〇万円

ただし書き以下は、次の各手形要件を除いて(一)に同じ。

(1) 額面 二五〇万円

(2) 支払期日 昭和六〇年一月一〇日

(5) 振出日 昭和五九年七月三一日

なお、右各預託金の預託を受けた日、提供日は、それぞれ(一)は昭和五九年一二月五日、同月六日、(二)は昭和六〇年一月一〇日、同月一一日である。

3  しかしながら、本件預託金債権は本件差押債権と異なつている(手形要件のうち、被裏書人兼所持人の記載が異なつている)から、本件預託金債権に対し本件差押転付命令の効力は及ばない。以下、この間の事情を詳述する。

(一) 本件預託金債権(又は本件差押債権)に対する国福印刷所の債権者らの債権仮差押え及び債権差押えの各命令が被告あてに送達された経過は次のとおりである。

(1) 本件預託金債権(一)につき、東京地方裁判所昭和五九年(ヨ)第八八三八号債権仮差押決定(債権者・補助参加人)

送達日 昭和五九年一二月一三日

(2) 本件預託金債権(二)につき、東京地方裁判所昭和六〇年(ヨ)第二二九号債権仮差押決定(債権者・補助参加人)

送達日 昭和六〇年一月一九日

(3) 本件差押転付命令

送達日 昭和六〇年二月二八日

(4) 本件預託金債権及び国福印刷所の被告に対する当座預金債権につき、東京地方裁判所昭和六〇年(ル)第一四四五号、同年(ヲ)第四四三六号債権差押え及び転付命令(債権者・補助参加人)

送達日 昭和六〇年四月六日

(二) これに対し、被告は、第三債務者として東京地方裁判所に対し、右(一)(1)(2)(4)の各仮差押え又は差押えに係る債権の存否及びその弁済の意思の有無については共に有り(ただし、当該各手形の不渡事故解消後、弁済期到来時)、同(3)の本件差押転付命令に係る債権の存否については無しと回答した。右回答日は同(1)が昭和五九年一二月一五日、(2)が昭和六〇年一月二二日、(3)が同年三月一二日、(4)が同年四月二三日である。

(三) 右陳述(回答)の経過・事由は次のとおりであつた。

(1) 被告は従前にも本件のような預託金の差押えを受けたことがあつたが、その場合はほとんどその差押命令に添付された差押債権目録の表示が、被告の保管する、当該預託金によつて不渡処分を免れようとする手形のコピーと完全に一致しており問題はなかつた。

(2) 本件に関しても、右(一)(1)(2)の各債権仮差押決定については、これに添付された差押債権目録に表示された約束手形の記載事項と本件預託金債権に関する被告保管資料(手形コピー)とが完全に一致したため、前記のような「有」の回答をしたが、その後被告あて送達された本件差押転付命令については、差押債権目録記載の約束手形の記載事項は、右の被告保管資料とは完全に一致しなかつた。

(3) 被告の右照会作業は当該手形を直接取り扱つた営業店が行い、その旨の連絡を受けた被告本部審査部はその不一致点が手形の被裏書人兼所持人、すなわち手形債権者が被告保管資料の手形コピーのそれと全く別人(すなわち、原告ではなく補助参加人)であることを確認した。

(4) そこで、被告は、原告主張の各約束手形の存在と第三債務者としての陳述をする準備、調査のため同年三月八日ころに東京地方裁判所に対し右(一)(1)ないし(3)の各仮差押又は差押事件の記録(特に右各手形に関する資料の提出の有無につき)閲覧を求めたが、第三債務者たる被告には右記録を見せられないとのことで拒絶された。

(5) このような事情により、被告としては前記保管資料との完全一致がない以上本件差押転付命令に対して不正確な認否もできないため、前記のような「無」の回答をした次第である。

(6) 被告としては、前記の本件差押債権目録と本件預託金債権の手形の被裏書人兼所持人の表示の違いが、全く別個の手形の存在によるものか、あるいは単なる表示の誤記によるものか、これについての確証が得られず、また第三債務者としての立場上、原告にその旨を通告することもできず、東京地方裁判所あての被告の右陳述に対し、もしこれが単なる表示の誤記であるならば原告から何らかの手続(更正決定)の申立てがされるであろうとそれを待つたが、何らの手続も行われなかつた。

(四) 右(一)(4)の差押転付命令は確定した模様であり、同年五月九日、被告は、社団法人東京銀行協会東京手形交換所から本件預託金債権に係る各手形につき持出銀行である補助参加人より不渡事故解消届が提出されたとのことで、預託金の返還請求手続をとるべく通知を受け、本件預託金債権は弁済期が到来し、翌一〇日には、補助参加人より、右差押転付命令の確定証明付文書等の呈示がされて現実に店頭において取立てを受けたので、やむなく国福印刷所に通告した上で本件預託金債権につき弁済した。

(2) この間原告からは、被告に対し本件差押転付命令に基づく正式な取立請求手続は全くなかつた。

四  原告の反論

本件差押債権と本件預託金債権とは同一であり、本件差押転付命令の効力は、本件預託金債権に及ぶものである。すなわち、本件差押債権目録の記載中、手形の被裏書人兼所持人を原告としたことは誤りで、正しくは補助参加人とすべきであるが、右誤りは本件差押転付命令の効力には何ら影響を及ぼさないものである。以下、その理由を詳述する。

1  債権差押命令申立事件において、差押債権の表示をどの程度まで厳密に行うべきかについては議論の存するところであるが、少なくとも被告の主張するように、実際の差押債権と債権差押命令に表示された差押債権目録の表示が完全に一致すべしとの議論は見当たらない。もともと、差押債権者としては、他人間である債務者の第三債務者に対して有する債権につき、その詳細を外観上容易には知りえないことが多く、また、本件のように第三債務者が銀行などの場合は、一般に債務者の信用保持のためその詳細を第三者に知らせない建前をとつているため、余り厳格に同一性を要求すると、差押えが不可能となつてしまうし、他方、特定を余りゆるやかにしてしまうと、どの債権がどの範囲で差し押えられたのかの判断を困難にし、第三債務者に不測の損害を与えるおそれのあることから、どの程度の同一性が必要であるかは、結局右両者の調和点をどの辺に求めるべきかによるのである。

2  したがつて、一般的には、債務者の第三債務者に対して有する他の債権と区別できる程度に特定できればよいのであつて、その債権の種類、発生原因とその日付、弁済期及び給付内容、数額の記載でもつて特定されるものと考える。本件のような預託金債権については、転々流通する約束手形の性質上からも、その所持人の記載は無くても、その特定性は害されることはないと考える。

3  更に、特定は、債務者と第三債務者間の取引関係からして、他と紛らわしい債権が数種類、又は同種のものであつても数口存在する場合に問題となるのであつて、国福印刷所と被告間の預託関係は、本件預託金債権に関するもののみであり、しかもその金額は二七三万四〇〇〇円と二五〇万円と明確であつて、この二件と誤認させるような他の預託関係は存在しなかつたのであるから、手形所持人の記載の有無は、その特定性に影響を与えるものではない。

4  現に、債務者が手形不渡りを免れるために銀行に預託する場合に、銀行から発行される「不渡異議申立預託金預り証」の記載事項は通常単に、(イ)持出銀行、(ロ)交換日、(ハ)支払義務者、(ニ)種類、(ホ)額面、(ヘ)支払拒絶理由のみであつて、その段階における約束手形の所持人が誰であるかの記載は必要とされておらず、このことも所持人の記載は特定のためには必要がないことを示している。

5  旧民事訴訟法六二一条に関し、判例は「差押えが競合するか否か判断が困難な時も右規定を類推し」第三債務者の供託による免責を認めていたのであり、更に民事執行法は一五六条において、差押えが競合する場合は供託を義務とし、差押えが競合しない場合でも供託できる旨規定している。したがつて本件のごとく、差押えが競合しているか否か紛らわしいと判断される場合は、被告は、民事執行法一五六条の義務としての供託をなすべく、少なくとも後日のトラブルを回避するために同条の権利としての供託を選ぶべきであつたものである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1のうち、本件差押転付命令の正本が昭和六〇年二月二八日被告あてに送達されたことは争いがなく、その余の事実は、〈証拠〉により認めることができる。

二原告は、本件差押債権目録の記載中、手形の被裏書人兼所持人を原告とした点は誤りで、正しくは補助参加人とすべきであつたことを自認しながら、本件差押転付命令の効力は本件預託金債権に及ぶ旨主張するので、その点について検討する。

そもそも、預託金に対する債権差押えについては、差押申立書、ひいては差押命令書中に差押債権の特定のために異議申立ての対象となる(当該預託金によつて不渡処分を免れようとする)手形を表示すべきであり、また手形の表示のためには手形要件を記載すべきであるが、手形要件だけでは必ずしも手形の同一性の標識としては十分でない場合もありうるから、それ以外の記載も併記することが望ましく、しかも一たん記載された以上それが正確でなければならないことは言うまでもない。もつとも、差押債権の表示は要するに他債権との区別が可能であればよいのであるから、右手形の表示も常に手形番号等の記載をしなければならないと言うものでもないし、また表示中に第三債務者その他何人の目にも明らかに分かるような些細な脱落や誤りがあつたとしても、差押えの効力には影響しないものと言うべきである。しかしながら、手形の表示中に右の程度を超えた脱落や誤りがある場合には、債務者や第三債務者、更に競合する他債権者との利益衡量からいつて、差押えの効力は実在する預託金債権に対して及ばないものと解すべきである。

これを本件についてみると、本件差押債権目録の手形の表示中には、手形要件のほかに裏書人、被裏書人及び所持人が記載され、被裏書人兼所持人の記載が誤つていた(補助参加人とすべきところを原告とした)のであるが、右の誤りはその内容に照らし前述のような些細な誤りとは言いがたいから、本件差押転付命令の効力は本件預託金債権に対して及ばないものと解するのが相当である。

原告は、所持人の記載は本来差押債権特定のための記載として不必要なものであるし、国福印刷所と被告間には他に預託金の預託関係はないから、本件差押債権の表示は特定が十分である旨主張する。なるほど、所持人や裏書人・被裏書人の記載については、特定のための表示として必ずしも必要ないし適当でないと言えようが、それらが一たん表示された以上、手形特定の標識としてもはや他の手形要件等の記載と比較して何ら軽重はないと解されるから、それらに前述のような誤りがあれば、差押債権の特定は不十分であると言うべきである。また、そうである以上、被告が民事執行法一五六条の規定により供託をする方法をとらなかつたからといつて、何ら責めを負うものではないことも当然であるから、この点に関する原告の主張も失当である。

三以上の次第であるから、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用(訴訟参加によつて生じた分を含む。)の負担につき民訴法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官西尾 進)

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